ロバート・レッドフォード
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華麗なるギャツビー

1937年8月18日カリフォルニア州サンタモニカに生まれる。 同州ヴァンナイズ高校卒業、1956年コロラド州立大学美術科中退。 画家を目指し、確たるあてがあるわけでもなくフランス、ギリシア、ドイツとヨーロッパを放浪、イタリアのフローレンスの下宿で文字通り一文なしになり、絵の才能にも限界を感じたという。


「狭いアパートでひとりぼっちだったんだよ。 まったく本当のひとりなんだからね。 部屋の隅っこに座って、一銭もないもんだから腹ペコで、 話し合える友達も居ないし、 もの凄く暗い気分だった。 それをかえって楽しんでいたふしもあったけどね。 もう絵を描く情熱も消えかけちゃって、 ラスベガスの賭博場のことばかり思い出してたよ」


こうして彼は傷心の末帰国する。 その後、後のローラ夫人と出会って 1958年 9月に結婚、1男 2女をもうけた。 最初、舞台美術勉強のためアメリカ演劇アカデミーに入学したが役者志願に転向した。 1959年「のっぽ物語」、「最高に高い樹」、60年「アルパンの小さな月」、61年「ニューヨークの休日」とブロードウェイに出演したが売れず、 1962年「戦争狩り」という映画に出演し、注目された。


しかし、なぜか映画俳優としてやっていく自信をなくし、ユタ州山中の別荘で 1年の月日を過ごす。 その頃、彼はいくつかの映画出演を断っている(ダスティン・ホフマンが名を馳せた「卒業」もそのうち 1つという)。 人づきあいが苦手な、完全主義者のイメージが浮かぶ。


やがて銀幕に戻って来た彼は 64年「戦場はどこだ!」、65年「サンセット物語」、66年「逃亡地帯」「雨のニューオリンズ」を経て、 69年「明日に向って撃て!」でブレイクする。 その後 72年「大いなる勇者」、73年「追憶」「スティング」、74年「華麗なるギャッツビー」、 76年「大統領の陰謀」とヒット作に数多く主演した。


その出演姿勢は、若い頃から作品を選び、それに打ち込むというものだった。 アカデミーを初めとする賞にはあまり関心がなく、俳優としての受賞はないが、初監督作品「普通の人々」で監督賞を受賞したのは皮肉。


若い頃に挫折を知り、それでも自分を曲げず、もう一つの道・映画スターとして大成した、アメリカンドリームの一人物。


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